フロンティア学院

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徳冨蘆花『不如帰』

どうも自分には学が無いので、このタイトルを「不如婦」だと思っていて、最初の方を読んで、これは不倫の話だ! と思って読んでいたらそんなことはなかった。*1

図書カード:小説 不如帰

よくよく読んだらちゃんと序文で作者自らネタバレしているとおり、悲恋の話である。金色夜叉に続く19世紀末のベストセラーだ。

熊本バンドの徳冨蘆花

この作者の名前、どっかで聞いたことあったなーと思ったら『八重の桜』に出てた。八重の桜は明治以降の話が新鮮でめちゃくちゃおもしろかったんだけど、チャンバラドンパチが無いせいか世間的には不評だったようで悲しい限りだ。

その大河ドラマで取りあげられていたのは『黒い眼と茶色の目』*2の話だそうだが、本作はその蘆花のデビュー作である。

言文不一致運動

『不如帰』は地の文が文語体というか森鴎外かよ!という感じで読みづらい。そのかわり台詞は口語的というか普通に読みやすい言葉になっているので、文語口語の混ざり具合が妙な感じで面白い。

その地の文も当世風というか、新しい表現に引っ張られているので、今で言えば流行歌の歌詞を無理矢理古文にしたやつみたいなおもしろみがある。

先の『黒い眼と茶色の目』では完全に言文一致運動に食われているので、年代を追って作品を読むと、この時代の作家が徐々に時代の波にながされていく様が見て取れるのかもしれない。

明治時代のジャンプシステム

この作品、元は新聞連載だったそうだが、どうも読者の反応を伺いながら書いているような気がする。というのも本筋とは関係ない話が意味ありげに展開して、結局何も無いというところが何箇所かがあるのだ。

一番それを感じられるのは日清戦争のシーンだ。登場人物の一人、川島武男は軍人で、劇中で何度か出征することになり、それが本編の悲劇へと繋がるということになっている。

武男の戦場での活躍は基本的にスルーされているのだが、後半で突然、武男視点での戦争描写が始まり、これまでの恋物語が突然勇ましい阿鼻叫喚地獄のバトルものへと変わる。そして、戦いが終わると何事も無かったかのように恋物語に戻る。

この例については、この時代を舞台にするからにはそのシーンを描くことが期待された、という事だと思うが、物語上はあまり必要とは思えない。また後半の展開そのものが、キャラクター人気投票で上位の人達がそれなりに幸せになり、下位の人達が没落して大団円みたいな感じで、やはり連載ゆえに読者の期待に引っ張られたのかと思えた。

もちろん、だからこそ最後まで面白く、勢いで読む事ができる。

吸血鬼になれなかった男

武男とは幼なじみで兄弟のように育てられ、ライバル的存在として登場する千々岩。彼はなかなかの小悪党で、物語上の人物としては結構好きな方だ。

色々あって千々岩の試みは結果として失敗に終わるのだが、彼もまた後半で不自然な形で退場してしまう。もう少し活躍を期待していただけに残念なところ。人気投票のランクが低かったのだろう。

もしこれがジャンプであれば、千々岩は何か古代の仮面のようなものを使って強大な力を手に入れ、武男と戦うことになったに違いない。偶然か意図的か、これは19世紀末の物語である。

あるいは、その100年ぐらい後、新たな力を得て復活した千々岩と、武男の子孫がエジプトで能力バトルを繰り広げる、などということがあったのかもしれない。