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長谷川尚一『石油なくして何の新秩序の建設ぞ』を公開しました

石油が太平洋戦争の引き金の一つだという話は聞いたことがある。漫画『ジパング』でも後世中国で発見される油田を当時の日本が発見していたら、という話が展開されていた。

そんな石油に関する話だ。

長谷川尚一『石油なくして何の新秩序の建設ぞ』 - フロンティア学院図書館

日本にも油田はある! 何故採掘しない! 石油禁輸されたら死ぬぞ! みたいな事が書かれている。

この訴えの2年後の1941年、その予想は現実となった。

それにしても日本に油田があるというのは本当だろうか?

石油発掘事業の推進者

著者の長谷川尚一は新潟で石油事業に携わった人*1だそうで、長年にわたり石油政策の重要性を説いており、本書はそうした「石油国策論」の一編となる。

特に本書が選ばれた理由は、たまたま目に入ったからであり、例によってその他の論は国立国会図書館デジタルコレクションで読めるので、興味のある方は文字起こしに協力頂きたい。

ネットで調べる限りでは彼に関する情報は少なく、上野に石碑まであるにも関わらず埋もれてしまった人物と言える。

当時、石油の重要性がどの程度認知されていたかはこれだけでは分からないが、少なくとも『ジパング』で描かれていたように石原完爾は認識していた*2ようだ。

大日本の石油王

新潟や秋田では石油が出る! とあるが、実際出るようで、しかも現役であるらしい。

八橋油田 - Wikipedia

ただ結論としては、出るには出るが量が少ないので需要を充たすには全く足りない。

でも、これをもっと推進して、彼の言う「燃料省」なんか作ったりして本気で採掘に取り組めばモリモリ石油が出て、日本は大金持ち、戦争も圧勝してさいきょうのこっかになれるのではないか?

もしも本気で採掘していたらどうなっていたか

そこで彼の出した試算がある。

国立国会図書館デジタルコレクション - 国内石油資源開発に関する応急対策

この資料で面白いのは、1937年に五年後の消費量を820万トンと試算している点。

日本の石油消費量(1,000キロリットル)

陸軍海軍民間
1935 196 604 3,682 4,482
1942 855 4,875 2,484 8,214

http://www3.atwiki.jp/works_petrowka/pages/62.html

実際の所、明らかに開戦が原因の増加であり、そこまでを予測しての試算とは考えづらいが、結果として大正解だ。

では、彼の意見通り万事うまくできた場合、日本国内での産油量は433万トンを確保できるとある。うち国内油田の増加量は160万トン。試算でこれだ。どうにも地味な内容に思える。それにお高いんでしょう。(諸経費も試算されているがちゃんと見てない)

結果、どうなったかというと、そんな地道なことやめて、パーッとやろうぜ! と言ったかどうかは知らないが、年間1000万トンの生産高を持つ得るブルネイの油田を奪い取って石油対策オーライとしてしまうのである。

さらに上記サイトによれば日本の原油生産量はむしろ低下しており、彼の言う試掘はされなかったであろうとも考えられる。

太平洋戦争勝利、あるいは回避の可能性

では国内で433万トンの燃料を確保できたとして、歴史を変えることはできただろうか?

先に書いたとおり、これが実現しても国内需要を賄うことは難しい。ただ開戦直前までの需要量はほぼ一定しているから、開戦しなければ石油不足には陥らなかったであろうと考えられる。

しかし現実として人造石油の生産計画は失敗して165万トンの確保は不可能であったことと、その後の経済成長を見ても石油需要の増加は避けられないことから、開戦は避けられても経済発展も無かったであろう。

では開戦してしまったとして、国内油田の160万トンがあればどうだったろうか。

開戦当初の需要はブルネイの油田で賄えているので、国内油田が生きてくるのは大戦末期、そこからの燃料供給が途絶えた時となる。

この時期になるともはや日本軍は投げ遣りになっているので、石油が多少あったところで特攻が増えたのではという想像しかできないが、何かしら上手に使った所で、ここから大逆転というのも難しいだろう。

以上を踏まえると結果論だが、彼の案を容れなかった事は正解であったとも言える。

ifネタとしての有用性

こうした実現されなかった案を実現したという仮定で、なんとか日本を太平洋戦争で勝利させよう、と考えた場合、どうにも物資そのものよりむしろ人の方に要因があるように思えてしまい、無理が出てきそうだ。

前回の鉱山の話と合わせて、物資面での架空戦記を考えるとしたら「開戦しなかった場合の経済発展」についてを取り扱うのが面白そう。戦後の高度経済成長期を前倒しするような方向でやるわけです。戦記じゃないや。ちょっと違うけど山崎豊子の『不毛地帯』なんかはそんな感じでしたね。

そうした創作の元ネタとしても有用な資料が大量に眠っている国立国会図書館デジタルコレクションからお送りしました。

*1:http://ya-na-ka.sakura.ne.jp/hasegawaTakaichi.htm

*2:彼の著作『最終戦争論』に資源に関する記述あり